貴社の定年到達日はいつですか?

民法を知らぬ社労士が多くて困る、という声が社労士仲間からもでることがあります。社労士も法律を扱う士業です。何冊か読んで学習しましたが、授業を受けたことのない文学部卒の私は、先日もこれを聞いて、改めて、古書店で民法の入門書を1冊購入。就寝前にそれ(私学の雄、W大学の教授の筆になる書)を読んでいたところ、はて?と、眼が覚めてしまいました。「解釈の種類」に関する解説部分ですが、要約すると次の通りです。

「期間は、その末日の終了をもって満了する。」(民法§141)。民法の「初日不算入の原則」からすれば、誕生日が終わる瞬間に歳が一つ増えることになってしまう。これを特別法である「年齢計算ニ関スル法律」により「出生の日から起算」するとの例外を定め、「誕生日になると歳が一つ増える」という今日の一般常識に合わせている。そして、「1986410日生まれの人が20歳となるのは、2006410日(誕生日)の午前零時である。」と記述されているのでした。


前日24時≠当日0 

確かに、誕生日で1歳加齢するというのは「常識」ですね。高年齢者雇用アドバイザーとして季節によっては月10社前後の企業訪問をさせてもらっていますが、幾人かの労務担当者に「貴社の定年到達日は、いつですか。」と問うと、その多くから「60歳の誕生日」との回答が返ってきます。しかし、法律は必ずしも常識通りとはならないから混乱が生じてきます。

現在、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始時期が段階的に繰下げられています。例えば、「昭和2842日~昭和3041日生まれ」、「昭和3042日~昭和3241日生まれ」の受給資格のある男性の受給権発生日はそれぞれ61歳、62歳誕生日の前日となります。なぜ「41日~」ではなく「42日~」なのでしょうか。「41日生まれ」は、前年度末の331日が年齢到達日だからです。

「学齢」も同じで、41日生まれは「早生まれ」として、当該学年では最も(とし)(わか)となります。

20年以上勤続者が雇用保険の失業給付、基本手当(150日分)を得ようとするには、退職日は「64歳の末日」である「65歳の誕生日の前々日」以前でなければなりません。誕生日前日は65歳の到達日であり、雇用保険上は「リタイア世代」の初日とされ、以降の退職者は、勤続1年以上の場合で一律50日分の一時金対象となります。

*ただ、後期高齢者医療保険の資格取得日は75歳の誕生日当日とのことで、同じ公労省管轄の制度において違いがある等統一した考え方があるのか多少疑問があるところです。

これらの年齢計算についても、その根拠規定は「年齢計算ニ関スル法律」であり、民法を準用して、年齢が加算されるのは起算日に応答する日の前日の満了時となります。つまり、年を取る時刻は誕生日の「前日が満了する午後12」(2400秒)であり、「当日の午前0時」と同時刻です。

よって、「常識」的には「前日午後12時」と「当日午前0時」と同じです。しかし、「属する日」が異なるとするところで違いが生じるというわけです。


前日24時⇒前日 

ところで、「前日午後12時」がどうして「前日」一日を指すのかとの疑問が湧きます。

これについて、「加齢する時刻は誕生日前日午後12時」であり、「日を単位とする場合は誕生日前日の初めから効力が発生していること」としたのが、昭和52年の「静岡県教育委員会事件」の静岡地裁の判決です。

事件概要は次の通りです。静岡県では、毎年年度末の331日の職員の人事異動に当り、満60歳に達した職員に退職勧奨を行い、これに応じた者には退職金の優遇処置を講じてきました。ところが、昭和473月にこの退職勧奨を受けた某県立高校の教師Xが、明治4741日生まれであるからまだ満60歳には達していないとしてこの勧奨に応じず、その後、県人事委員会への申立、棄却等を経て、教育委員会を相手に訴訟を起こしたものです。

同事件の東京高裁判決でも、「明治45(1912)41日生まれの者が満60歳に達するのは、右の出生日を起算日とし、60年目のこれに応当する日の前日の終了時点である昭和47(1972)331日午後12時であるところ、日を単位とする計算の場合には、右単位の始点から終了点までを1日と考えるべきであるから、右終了時点を含む昭和47(1972)331日が右の者の満60歳に達する日と解することができる」と判断し、各法律の年齢要件規定を肯定しました。最高裁まで進んだ事件ですが、最高裁でも請求を排斥しています。


最近では、2002(平成14年)に国会でも野党代議士から質問が出ました。政府は、答弁書の中で「年齢計算に関する法律は、ある者の年齢は、その者の誕生日の前日の午後12時に加算されるものとしているのであって、このことは、社会における常識と異なるものではない」、「各種の法令の年齢に関する要件に係る規定は、年齢計算に関する法律の規定を前提としつつ、それぞれの制度の趣旨、目的に照らして合理的な要件を定めているものであり、これらの規定が一般常識に反する等の御指摘は当たらないと考えており、年齢計算に関し、ご指摘のような法令の抜本的改正は要しない」と答弁しています。

就業規則の定年規定について 

入門書を書かれた大先生が間違うはずはありませんが、入門書を記述する際にも、細心の注意を払ってもらわないと、初学者は誤解をしかねず、また、混乱させられてしまいます。

さて、定年(希望の有無にかかわらず年齢をもってそれまでの雇用契約を終了させる時期)の規定があいまいでは大きな問題です。定年到達日が「誕生日」なのか、「誕生日の前日」なのかによって、公務員と同じような年単位での「定年退職日」を設定されている企業はもちろん、1箇月単位で「定年退職日」を設けている企業の従業員にあっても、退職後の計画に狂いが生じかねません。

法律はともかく、企業の定年に達する日は、「決めごと」です。企業がそれぞれの考え方に基づき決めればよいことです。定年到達日を誕生日とされている企業があって当然です。ただ、私は、上記の法律の読み方から、就業規則の改訂にあたり、例えば「定年に達した日の翌日(誕生日)の属する月の末日」とかっこ書きで明記するよう心掛け、また、アドバイスすることにしています。

                                                                                                                                                                                                                                                                   以上