刑事事件と懲戒解雇の発令時期

弁護士をされている先輩から、「顧問先会社従業員が現在逮捕拘留されている。彼を懲戒解雇としたいといっているが、すぐの発令はできるか。」との問い合わせを受けたのが、この3月。

 

その場のやり取りでは「発令時期は起訴後ではなかろうか」ということで落ち着いたのですが、どうも気になっていたところ、次のような資料と判決文に出会いました。

 

「無罪推定」は実態に反する 

 

ビジネスガイド20111月号の相談室に同じテーマの解説(回答者:丸尾紫乃弁護士)を発見。概略は次の通りです。

 

 

弁護士をされている先輩から、「顧問先会社従業員が現在逮捕拘留されている。彼を懲戒解雇としたいといっているが、すぐの発令はできるか。」との問い合わせを受けたのが、この3月。

 

その場のやり取りでは「発令時期は起訴後ではなかろうか」ということで落ち着いたのですが、どうも気になっていたところ、次のような資料と判決文に出会いました。

 

「無罪推定」は実態に反する 

 

ビジネスガイド20111月号の相談室に同じテーマの解説(回答者:丸尾紫乃弁護士)を発見。概略は次の通りです。

 

 

 

懲戒権は労働契約に根拠をもって初めて発生する。ついては就業規則の懲戒事由が限定的列挙であることを要する。

 

刑事訴訟手続きにおいて「疑わしきは被告人の利益に」とされ、立証責任は検察官に課されるが、日本では有罪率が99%を超えるとされ、少なくとも起訴された被告人について「無罪推定」となることは実態に反する。これは検察官が起訴に当たって不起訴や起訴猶予という手法により謙抑的に権限を行使していることがある。

 

このような「無罪推定」という考え方を私人間の権利関係である労働契約に及ぼすことは必要でなく、また、適当ではない。少なくとも起訴に至れば有罪であるとの推認は働くであろう。それ以前の段階でも、当該労働者の自認や事件の現認により、有罪として取り扱うことが適当な場合も多い。企業は秩序維持の観点からは、有罪判決が確定しない場合でも、懲戒を行うことは必要だ。

 

 

 

というものです。この記事で丸尾氏は検察官の判断を懲戒解雇発令時期決定のための重要な判断材料とすると言われているように読めます。このことから、起訴後に対応するという私たちの先の「常識的な」判断は間違いではなかったと考えられます。

 

小田急電鉄事件の例 

 

 次に、よく知られている小田急電鉄事件の高裁判決(平成151211日東京高裁判決)を読み直し、逮捕から懲戒解雇発令までの経緯を追ってみました。この事件は、他社の路線で痴漢行為を繰り返して逮捕され、懲戒解雇された原告が解雇無効と退職金支払いを求めたものです。判決では、懲戒解雇は有効、退職金の全額不支給は長勤続の本人の努力貢献等との見合いで酷に過ぎるとし一部支給を命じたものです。

 

 原告は、まず平成125月に痴漢行為を行い逮捕拘留された(そのときは昇給停止と降職処分)。そして更に同年1121日に別の線で痴漢行為を行い逮捕されたのち、同年121日、勾留されたまま迷惑行為条例により正式起訴され、翌13220日に執行猶予付き有罪判決を受けています。

 

 平成121124日、27日及び28日に原告が拘留中の警察署内で会社の担当社員の面会を受けました(その際被告は平成3年にも痴漢行為を行った旨を話している)が、28日の面会時には本件行為を認め、いかなる処分についても一切弁明しない旨の「自認書」と題する書面に署名押印しました。そして、会社は賞罰委員会*の討議を経て125日に懲戒解雇としたというものです。

 

 賞罰委員会開催時期は不明ですが、有罪判決の出る2か月以上前、起訴からわずか4日の懲戒解雇処分です。起訴前に懲戒処分につき周到な準備が行われていることがわかります。

 

 私は、幸いにも身近に従業員が逮捕勾留された経験がありません。懲戒解雇事例では本人の弁明の機会を確保すべきことは承知していますが、社員逮捕の場合、担当が警察に出向き、拘留中の社員と面会し、前日までの聞き書きを「自認書」にまとめて、最終日に本人に署名押印させるという手続きの必要性をこの判決文を読んで知った次第です。

 

私生活上の非行と懲戒処分 

 

ところで、私生活上の非行と懲戒処分について、最高裁は国鉄中国支社事件(昭和49年年228日判決)で「企業秩序に直接の関連を有するもの」「企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれが客観的に認められる」場合については、「職場外でされた職務遂行に関係のないものであつても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうる」とし、関西電力事件(昭和58年年98日判決)でもこの判決を引用した上で「労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当」と判示しています。

 

業務外での犯罪それ自体によって懲戒処分が可能となるわけではなく、使用者は、使用者の企業秩序や名誉・信用に影響がある場合にそれを理由として懲戒処分を行えるに過ぎないとされます。処分の有効性を考えるときの重要な視点です。(この段、伊東良徳弁護士のブログを参考とした)

 

ネスレ日本事件の例 

 

なお、ネスレ日本事件(平成18106日最高裁)のように、司法判断を待っての懲戒解雇処分が、あまりにも長期間経過したため無効とされたという例もあり注意を要します。

 

平成510月と翌年2月に発生した社内での暴行事件に関連するもので、その後紆余曲折を経て会社が懲戒解雇処分を発したのが平成134月。当初の懲戒事由から7年以上が経過しています。

 

時間の経過とともに職場の秩序は徐々に回復するもので、懲戒解雇処分を必要とする状況になかったこと、そもそも捜査結果を待ってしまったことが本件敗訴の原因とされるものです。

 

なお、これは社内での非違行為に関するものであり、私生活上の非行による刑事事件とは異なるもので、このような場合は、起訴をまって、ということでなく、迅速に事実確認を済ませて、処分決定すべきであったとされます。

 

懲戒解雇規定の見直し 

 

就業規則に懲戒解雇事由の一つとして、「刑罰法規により有罪の判決が言い渡され確定したとき」という規定をときどき見かけます。司法の三審制を考えれば有罪確定までに相当の期間が経過する場合も考えられます。その間本人をどう処遇するというのでしょうか。

 

以上を踏まえれば、次のような規定への見直しをするのが良いと考えられます。いかがでしょうか。

 

刑罰法規の適用を受け、又は刑罰法規の適用を受けることが明らかとなり、会社の信用を害したとき」。

 

 

                                                                     以上