日本人の向上心を疑わず、特に高齢労働力の勤勉性、信頼性は強みで、就業意欲も他国以上に高いことを高年齢者雇用アドバイザーとして企業訪問時に説明してきました。しかし、その勤勉さは、戦国の世が終わり徳川政権となって人口が増え始めてからのものだと知り、バブル景気がはじけた近年になり急速に衰退していると知って、今後の日本を憂いている一人です。この9月末に終了したNHKの朝のドラマ『とと姉ちゃん』ではありませんが、「どうしたもんじゃろのう。」
「勤勉」性の由来
私が社会人となって数年たった1979年は、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が発刊されるなど、ニクソンショック、オイルショック等を果敢に乗り切った日本の経済力の高さが喧伝された年です。同年、山本七平は『勤勉の哲学』などを出版して、日本人の勤勉性を生んだ倫理観のルーツとして江戸時代の鈴木正三(1579~1655)や石田梅岩(1685~1744)の思想を取り上げていました。鈴木正三は仏道の追及は労働によって世間に役立つことで達成できるとし、結果として利潤が伴っても問題ないといったということです。また、梅岩は、人は労働によって糧を得るという形を守ることで内心の秩序と宇宙の原則を一致させることができる、つまり労働することは仏道の追求であるという考え方を説いたと紹介しています。
山本氏の著は、マックスウェバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を想起させます。ウェバーは、最も禁欲的で、金儲けを強硬に否定するカルヴァン(1509~1564)主義を取り上げています。最初から利潤の追求を目的とするのではなく、禁欲的に天職に勤勉に励み、結果として利潤を得るのであれば、その労働は神の御心に適っている証しである、結果としての利潤の多寡は隣人愛の証し、救済を確信させる証しとして、多ければ多いほど望ましいとされたといいます。そして、この考え方が資本主義を生み、大きな生産力を引き出したというのです。
我々団塊の世代は、幸いにも現役時の大半を高度成長、安定成長期の中で過ごし、与えられた業務を「勤勉」に遂行してきたし、そのことが日本人の古くからの特性として認識し、私自身は、後に続く世代も同様であろうと考えていました。ところが、「勤勉」性は、必ずしも日本人の生来の特性といえないこと、時代背景で代わるものだという、あるいは当然のことを「世界価値観調査」などで知った次第です。
*この記事を書くにあたり「勤勉革命」という言葉を知りました。江戸時代農村部に生じた生産革命のことで、家畜(資本)が行っていた労働を人間が肩代わりする資本節約・労働集約型の生産革命であり、これを通じて日本人の「勤勉性」が培われたとします。歴史人口学者速水融氏が1976年に提唱したとのこと。
「世界価値観調査」(World Value Survey)
「世界価値観調査」は世界約100か国の研究機関が参加し実施している国際プロジェクトで、同一の調査票に基づき、各国・地域ごとに全国の18歳以上男女1,000サンプル程度の回収を基本とした個人対象の意識調査です。約90問190項目の広範囲に及ぶもので、1981年、90年、95年、2000年、2005年と過去5回の実施結果が公表されています。
その質問に、「勤勉に働けば生活が良くなり成功すると思うか」、「自分の人生をどの程度自由に動かせると思うか」「自分の運命は変えられると思うか」について、自分の意見をそれぞれ10段階で示せというものがあります。
2005年調査の結果、アメリカ、韓国、中国は「運命は自分自身で決定するものであり、人生は自由になり、かつ勤勉に働くことが人生の成功につながる」と、いくつもの水準で「努力」が支持されています。しかし、日本社会の特徴は、①「運・コネか勤勉か」、②「人生は自由なものか否か」、③「運命は決まっているか否か」に関しても、中立の意識だ、というのです。また、①と③は相関していないとのこと。これ故、日本社会は、(年齢による差異はあるが)「努力志向ではない」と調査の分析結果はまとめられていました。
労働経済学者の大竹文雄氏は『競争と公平感』(中公新書)で、時系列で同調査を分析。「勤勉より運・コネが大事と考える日本人の比率」を独自で算出し(90年25.2%、95年20.3%、2005年41.0%)、勤勉を重視する価値観が衰退していること、バブル崩壊以降、長期の不況が続き、若年層の就職が困難な時期が続くといった経済環境が若年層を中心に勤労に対する価値観を崩壊させた可能性があることを指摘しています。
「横浜市民意識調査」
「横浜市民意識調査」(2016年度版)の速報値が8/25に公表されました。今年度は、生活の「価値観」や「満足度」を特集。「努力すれば報われる社会か」の質問に、肯定的な見方は15.2%(そう思う2.8%、どちらかといえばそう思う12.4%)で、バブル景気に沸いた28年前の88年度に行われた調査と比べて39ポイント(←各20.3%、23.9%)も減少し、意識の大きな変化がうかがわれました。
アンケートは5~6月、同市内で暮らす20歳以上の3,000人(外国人を含む)に調査表を郵送し、回収する方法で実施。2,194人が回答し、回収率は73.1%でした。
高校生の学習意識と日常生活
OECDの国際学力調査(PISA調査)で、日本の順位が近年急速に下がっているとのことです。日本の学生が勉強しなくなったのが主原因である可能性が高いとしています。少し古くなりますが、日本青少年研究所が2004年2月に公表した意識調査結果「高校生の学習意識と日常生活」を紹介します。なお、同研究所同年の別の調査では、家での学習時間でも日本の学生の学習時間が他に比し短いことを示しています。
項 目 |
日本 |
米国 |
中国 |
学校以外ほとんど勉強しない(平日) |
45.0% |
15.4% |
8.1% |
授業中よく寝たり、ぼうっとしたりしている |
73.3% |
48.5% |
28.8% |
学校をさぼることは絶対してはならない |
30.8% |
49.8% |
63.8% |
友人と毎日電話・メールする |
52.0% |
30.6% |
6.3% |
同上(4時間以上) |
30.7% |
10.5% |
3.6% |
今何でもできるとしたら、一番は好きなように遊んで暮らす |
38.3% |
22.5% |
4.9% |
若い時は将来を思い悩むよりそのときを大いに楽しむべき |
50.7% |
39.7% |
19.5% |
本年ノーベル賞受賞者となる大隅東工大栄誉教授は若手技術者を支える仕組みの大切さを訴えておられるが・・・。やはり期待を持って次代に当れ、か。
*9月末に公表の今年版『労働経済白書』(p99)で自己啓発に取組んでいる正社員は40%台で推移、正社員以外は20%未満で推移とのこと。後者の比率が増加していく中、日本の企業の人的資源は着実に減退しているといえないでしょうか。