日本経済の死角

 日本経済の長期停滞は実質賃金が上がらなかったことによると、エコノミストの河野龍太郎氏は著作『日本経済の死角』で書いています。長くなりますが、紹介します。

実質賃金は、労働生産性、労働分配率、交易条件の3つの要因で決まります。

(1) 日本の時間当たりの労働生産性は、金融危機直後の1998年から、2023年には30%程度伸びています。米国にはかなわないものの独仏を上回っています。にもかかわらず時間当たり実質賃金は他の3か国を含め多くの国が順調に伸びているのに、日本だけが横ばい、むしろ下がっています。この背景には、他の2つの要因が拘わります。

(2) 金融危機後の日本のメインバンク制が終焉に対応して、大企業は長期雇用制を維持し、「非正規雇用への依存」と「正社員のベア凍結」という手段をとりました。ベアがなくても、定期昇給制度により、個人の賃金は毎年2%程度上昇します。複利計算によれば25年間で個人の賃金は1.7倍程です。しかし、給料の高い年配社員が退職し、一番給料の低い新卒社員が入ってくるため、企業全体としての人件費の総額は変りません(「上げなくても上がるから上げないので上がらない」と濱口桂一郎氏は昨年発刊の『賃金とは何か』(朝日新書)で書いています。)。一方で、株主優先の米国流コンプライアンス企業が蓄えている利益余剰金(内部留保)は、1998年に早く130兆円でしたが、2023年には600兆円まで積みあがっています。溜め込みすぎです。つまり、労働分配率減、資本分分配率増です。 

(3) 交易条件は貿易での稼ぎやすさを示す指標ですが、円安もあって輸入資源の価格高騰は海外への支払いを増やし、交易条件を大きく悪化させました。輸出企業は超円安でダメージを吸収し、家計部門と内需セクターにしわ寄せされました。格安な財・サービスを求めてのインバウンドブームは、日本人が貧しくなったことの現れです。

GDPの約半分は個人消費が占めています。しかし、実質賃金が上がらないため、国内消費は低迷し、結果、財・サービスが売れないため、企業は採用活動や投資行動、人材育成を手控え、守りに入って支出を抑制することとなります。そのため、家計の貯蓄を企業への投資で吸収できなくなり、日本経済は縮小均衡を辿ることとなります。積極的な海外への直接投資も日本の家計が殆ど組み込まれていません。

 

以上をまとめると、日本は、生産性が上がっても、賃金が上がらないから、物価も上がらず、実質円安が続いてきた。日本の長期停滞の元凶は、儲かっても溜め込んで、実質賃金や人的投資に消極的な日本の大企業にある、というのです。